百年後のわたしたちには容易に読み進められないけれど、何とも流麗な文体。注なくしては理解しえない言葉の数々。さして長くもない作品をどうにか読み通してみると、作品の舞台である東京は吉原遊郭界隈のようす、そこでの悪ガキグループどうしの抗争、一方のグループで中心的な存在の少女大黒屋の美登利、その自由闊達な振る舞い、敵対グループの中心だがおとなしい少年龍華寺の信如、美登利の信如へのほのかな恋、そして突然美登利に訪れた少女時代の終わり、などを読み取ることはできる。しかし、巻末の解説の手引きで作品の味わいはうんと深まる。作者樋口一葉がその短い生涯でどんな世界を見つめていたか、その視点を作品に重ね合わせてみると、お侠(おきゃん)な美登利の変調がこの上もなく切ないものに思えてくる。
*「日本近代文学大系第8巻樋口一葉集」は詳細な注がありわかりやすい。
- 詳細
- 作成者:NCL編集部
- カテゴリー: おすすめ本棚
戦争に敗れモラルの焦土と化した日本で、人々がどのようにして「国のかたち」をつくっていったかが克明に著されている。占領、冷戦、朝鮮戦争など国内外の情勢に翻弄される中、知識人、政治家、活動家、歴史学者、教師、文学者、学生、一般大衆らがどのような考えを持ち、どんな言説を残したかをていねいにたどり、戦後日本の歩みを重層的に描き出す。1000ページにせまる大著なので全巻を読み通すのはなかなか困難だが、敗戦直後の天皇論、国民的歴史学運動、戦後教育、60年安保闘争など興味関心の深い章のいくつかを読んでみる。特に印象に残ったのは天皇の戦争責任について書かれた第3章で、そこでとり上げられた一青年の日記だ。青年は当時ごく一般的だった皇国少年で出征もしたが、戦後天皇の戦争責任がうやむやにされる中、天皇への忠誠が反逆へと変わっていった。その生々しい魂の軌跡がつづられている。一般大衆はやはりそのように感じていたのだろうか。この時代のキーワードは「愛国」。国家の再生に向けてさまざまな考えを持つ人たちが、それぞれの「愛国」を掲げてぶつかり合い、戦後の社会が形成されていった。そのつぶさをたどることは読む者の人生にも重なる。
*企画展示『今こそ考えよう日本国憲法(このくにのかたち)』から
- 詳細
- 作成者:NCL編集部
- カテゴリー: おすすめ本棚
今から百年前、20世紀初頭のアメリカ社会をとらえた写真の数々。19世紀後半からアメリカの産業は活発になり、工場でも鉱山でも、安い賃金で雇えるたくさんの労働者を必要とした。その結果、労働者として働く16歳未満の子どもが200万人もいたという。写真家ルイス・ハインはこのような状態に心を痛め、社会の良心に訴えようと働く子どもの写真を撮り続けた。
掲載された写真のうち表紙と105Pの写真(同じもの)は強いインパクトを放っている。紡績工場で働く少女。10歳ぐらいだろうか、お下げ髪の子が真っ正面からカメラを見据えて凜としている。写真家は「工場で働いているあなたの写真をとらせてね、カメラの方を向いてくれる?」とか声をかけたのだろう。少女は作業の手をとめ、カメラに向き直った。油で汚れた手が少女の労働を物語っている。その射るような視線、顔つきは今どきの10歳の子どもとはまるで違う。たった1枚の写真から少女の暮らし向き、その厳しさが伝わってくるようだ。その後この子はどんな人生を歩んだのだろう。幸せな生涯を送っただろうか。百年後の今日、世界中の子どもたちは子ども時代を子どもらしく生きているか。その子どもの権利を守ろうとする社会であるか。
*特別展示「SDGsの本」から
- 詳細
- 作成者:NCL編集部
- カテゴリー: おすすめ本棚