自分かどんな死を迎えるか、それは誰しもわからない。この作品の主人公雫のように、まだ十分若くして、しかし確実に迫り来る死と向き合って日を送らなければならなくなったら・・。恐怖、苦痛、絶望、虚無感に打ちひしがれても、それでも残された時間を精一杯生き、幸せに最期を迎えることができる。作品では、死にゆく人に真心をもって寄り添い、最後までその人の尊厳を守り通そうとする人たちの姿が描かれている。その仕事ぶりと精神性の尊さに胸を打たれる。
「おやつの時間をあなたが毎回とても楽しみにしてくれたことが何よりの慰めです。おやつは、体には必要のないものかもしれませんが、おやつがあることで、人生が豊かになることは事実です。おやつは、心の栄養、人生へのご褒美だと思っています。ごちそうさまでした、って、あなたは確かにそう言いました。いかにもあなたらしい、情の深い、美しい言葉。きっと、あなたの人生そのものが、おいしかったのでしょう」
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百年後のわたしたちには容易に読み進められないけれど、何とも流麗な文体。注なくしては理解しえない言葉の数々。さして長くもない作品をどうにか読み通してみると、作品の舞台である東京は吉原遊郭界隈のようす、そこでの悪ガキグループどうしの抗争、一方のグループで中心的な存在の少女大黒屋の美登利、その自由闊達な振る舞い、敵対グループの中心だがおとなしい少年龍華寺の信如、美登利の信如へのほのかな恋、そして突然美登利に訪れた少女時代の終わり、などを読み取ることはできる。しかし、巻末の解説の手引きで作品の味わいはうんと深まる。作者樋口一葉がその短い生涯でどんな世界を見つめていたか、その視点を作品に重ね合わせてみると、お侠(おきゃん)な美登利の変調がこの上もなく切ないものに思えてくる。
*「日本近代文学大系第8巻樋口一葉集」は詳細な注がありわかりやすい。
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戦争に敗れモラルの焦土と化した日本で、人々がどのようにして「国のかたち」をつくっていったかが克明に著されている。占領、冷戦、朝鮮戦争など国内外の情勢に翻弄される中、知識人、政治家、活動家、歴史学者、教師、文学者、学生、一般大衆らがどのような考えを持ち、どんな言説を残したかをていねいにたどり、戦後日本の歩みを重層的に描き出す。1000ページにせまる大著なので全巻を読み通すのはなかなか困難だが、敗戦直後の天皇論、国民的歴史学運動、戦後教育、60年安保闘争など興味関心の深い章のいくつかを読んでみる。特に印象に残ったのは天皇の戦争責任について書かれた第3章で、そこでとり上げられた一青年の日記だ。青年は当時ごく一般的だった皇国少年で出征もしたが、戦後天皇の戦争責任がうやむやにされる中、天皇への忠誠が反逆へと変わっていった。その生々しい魂の軌跡がつづられている。一般大衆はやはりそのように感じていたのだろうか。この時代のキーワードは「愛国」。国家の再生に向けてさまざまな考えを持つ人たちが、それぞれの「愛国」を掲げてぶつかり合い、戦後の社会が形成されていった。そのつぶさをたどることは読む者の人生にも重なる。
*企画展示『今こそ考えよう日本国憲法(このくにのかたち)』から
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